第1 はじめに

経済的に困窮した取引先から債権(本稿では担保のない 一般債権であることを前提に論述します。)を回収し、その後 に取引先が破産に至った場合、その債権回収行為が破産管 財人から否認され、回収金を破産管財人に返還しなければ ならないことがあります。

この否認(講学上偏頗行為否認と称されます。)について破 産法は、次のような定めを置いています(下線は筆者)。

(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)

第162条 次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保 の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続 開始後、破産財団のために否認することができる。

一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立 てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当 時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロ に定める事実を知っていた場合に限る。

イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。

ロ 当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたも のである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。

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1 倒産手続の債権者申立て

債務超過や支払不能等の要件がある場合、債権者が主体と なって、債務者につき倒産・再生手続(破産、民事再生、会社 更生)の申立てをすることができます(債権者申立て一般につ いては、村上寛「倒産手続の債権者申立て」(2019年9月号)に て概説しておりますので、そちらをご参照ください。)。

債権者が債務者の破産申立てを行う事例はそこまで一般的 ではありませんが、それでも、債務の弁済に非協力的である一 方、財産隠匿や偏頗行為、放漫経営等による財産の減少が 疑われる事例は枚挙に暇がないところです。

そこで今回は、債務者が、自らに対する債権の弁済に非協力 的である一方で、既に、金品の持ち出し、預金の解約、不動産 の第三者への廉価売却、役員報酬の増額と回収等の財産隠 匿行為、あるいは全債権を支払うことのできない状態にあるの に、特定の債権者に対してだけ偏った弁済をする等の偏頗行 為が進行してしまい、弁済の対象となるべき財産(責任財産) の会社からの流出が起こってしまっているときに、債権者として 採りうる手段の一つとして、破産法上の保全管理命令を紹介 したいと思います。

2 保全管理命令について

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第1 はじめに

令和4年に「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」 の適用が開始されてから2年が経過し、この間、実務において も多数の事業再生計画案・弁済計画案が策定され、成立して います。

計画案の中には、同ガイドライン第三部が規定する廃業型 私的整理手続による弁済計画案も多く含まれます。廃業型私 的整理手続の場合は、同ガイドラインの目的の一つである事 業清算に伴って債務者企業の解散・清算を実施することが多 いと思われますが、実務上、例えば株主数が相当数にのぼり、 株主名簿上の株主が死亡するなどして経営に関心もなく、株 主総会における解散決議の定足数を充たさない場合や、同 族会社の株主である親族の間で感情的な対立があり、解散 決議(特別決議)の要件を充たさない場合など、株主総会決 議による解散ができないことにより、債務者企業の清算に支 障を来す場面が生じています。

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